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苦しみ続ける動物達の為に◆さっち~のブログ◆

動物達の真実から目を背けさせようと圧力をかけられアメブロを強制退会させられFC2に引っ越してきました。そうやって動物達の苦しみはなかった事にされ続けてきたのです。消しても隠せない位に動物達の叫びを共に伝えてほしい。広めてほしい。

現場を知ることは偏見をなくす?【食肉処理場公開の試み】加古川食肉センター にくのひと 

偏見(へんけん)とは     [ 日本大百科全書(小学館) ]
ある種の事物、ことに特定の集団や個人に対して、客観的な事実の裏づけや合理的根拠が認められないのに人々が示す非好意的な偏った態度、信念ないし意見のこと。黒人やユダヤ人などに対するいわゆる人種的偏見は、その典型的なものである。

偏見は、その対象との直接的な接触の経験に基づいて形成されるというより、しばしば自分の所属する社会集団内に存続しており、多くの人々に共有されているものが、年少のころから大人とのコミュニケーションを通して学習されることが多い。ひとたび偏見が形成されると、その対象に対してたとえ客観的に正しい情報が与えられても、選択的にゆがめて受け取られ、偏見は是正されずかえって強められてしまいがちである。また偏見は、パーソナリティー特性とも関係があり、権威主義傾向の者は強固な偏見をもちやすいとされている。偏見を見直させる有効な方法としては、実際に対象と直接接触する経験をもたせることがよいと考えられている。
[ 執筆者:辻 正三 ]

【大転換】第7部 食が変わる③「いただく」を実感
(2009年7月15日 47NEWS)

魚や野菜と違い表に出ることの少なかった食肉の生産過程を、食の安全を求める消費者の声に応え公開しようという試みが始まっている。残酷な場面に戸惑うことがあっても、現場を知ることは偏見をなくし、消費者は「命をいただく」ことの意味を実感するという。

【食肉処理場公開の試み】
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 「バチン」。細い鉄製の棒が数センチだけ飛び出る特殊な銃を頭に当てると、体重500キロを超える黒毛和牛の巨体がひざから一気に崩れ落ちた。
 6月下旬、ブランド牛「神戸牛」の産地、兵庫県加古川市の加古川食肉センター。全国に約210ある食肉処理場の中で、内部を消費者に見学させている数少ない処理場の一つだ。
 職人が素早くナイフを入れると、数十リットルもの血が噴き出した。放血と呼ばれる大事な工程。ウインチを掛けて逆さにつるし皮をはがす。頭部を切り取り腹にナイフを入れると内臓が流れ落ちた。見学者は一様に驚きの声を上げ、目を伏せる人もいる。
 「最初はグロい(=グロテスク)と思った」。職場体験授業の一環で訪れた中学2年の男子生徒(14)が打ち明ける。しかし説明を聞くうち「牛に感謝しなければならない。好き嫌いはやめよう」と感じ始めたという。

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担当教諭は「命とは何か。食べるとはどういうことか。生徒は人が生きるということを教わったと思う」。加古川食肉産業協同組合の中尾政国(なかお・まさくに)理事長(57)も「肉を食べるとは命を“いただく”こと。きちんと血を抜かなければおいしい肉になりません」と話す。
 すべての工程が終わり、倉庫には100本以上の枝肉が並んだ。最高級と認定された枝肉だけに「神戸肉」の印が押される。
 センターが見学室を設けたのは日本で初めて牛海綿状脳症(BSE)の牛が確認された2001年。当時、牛肉を食べると感染の恐れがあるといううわさが広まり学校給食から牛肉が消えた。
 中尾理事長は安全性のアピールにつながると考え公開に踏み切った。センターは各ゾーンが厳しく分離され、衛生管理が徹底されている。BSEを引き起こす異常プリオンが蓄積している可能性がある脊髄(せきずい)を取り出す作業も見せた。ナイフは1頭ごとに消毒している。

 食肉処理の分野では、働く人たちが職業差別の長い歴史を背負ってきた。中尾理事長は「公開によってその歴史を知り、差別や偏見がなくなるきっかけになってほしい」と話す。消極的な人は自ら説得して回った。「牛の解体作業は自動車工場と同じで社会を構成する大事な仕事の一つ。わたしたちは誇りを持っている」
見学者は年々増えた。昨年は消費者団体や学校教諭、中学生ら約千人。抽選で選ばれた100人に上る主婦らも訪れた。肥育農家を訪ね、最後に焼き肉を食べるツアーも開催した。
 東京・品川にある日本最大の中央卸売市場食肉市場も02年、「お肉の情報館」を設置。食肉処理過程を映像で見せ、年間6千人近くを集めている。
 センターの敷地の一角には「畜魂碑」と書かれた大きな石碑が立つ。職員らは毎年の式典に喪服を着用して参列する。石碑の前には一年中、花が絶えないという。
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(沢野林太郎共同通信記者 )


「神戸新聞|第28回 加古川食肉センター 工場の歩きかた 産業ツーリズム・入門」

機能的ラインで牛が肉に
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 囲いに誘導された牛の頭に特殊な銃を当てると、700キロ以上の巨体が崩れ落ちた。
 仕切りの扉が開いて下に滑り落ちた牛に職人が張り付き、首に素早くナイフを入れる。噴き出す大量の血。「放血」と呼ばれる工程だ。倒れた牛は巨体を動かし、後ろ脚を地面にたたきつける。太鼓のような音が響く。
 県内有数の食肉処理場である加古川食肉センターは、まさに食品工場だ。驚くほど機能的にラインが動いている。
 素早く、そして慎重に、牛の脚にウインチをかけて逆さにつるし、皮をはがす。流れ作業で鮮やかに仕事が進んでいく。
 次の工程で頭部を切断し、腹にナイフを入れると、ドサッと内臓が流れ落ちる。これがホルモンなのか! ミノ、ハチノス、センマイ…。「どの部位も無駄にしません」。加古川食肉産業協同組合事務長の岩田幸一さんは自らも獣医師として長年勤務しただけに、分かりやすく説明してくれる。
 専用のノコで背割りして、形を整えれば枝肉となる。処理場横の冷蔵倉庫にはたくさんの高級な枝肉が並ぶ。
 「ついさっきまで生きていたのに…」という感慨はとっくに消えていた。農家が牛に良質な餌を与え、適度な運動をさせて丁寧に肥育するのも、つまるところは、いい枝肉にするためなのだ。
 この食肉処理をしっかり見つめてこそ、「食と農」の営みの大切さが分かる。当たり前のことを思う。
 敷地内に「畜魂碑」と刻んだ石碑がある。命に感謝しておいしく食べよう。心の中で手を合わせた。

【加古川食肉センター】
加古川市志方町志方町533。現在の施設は1987年に完成。係留所や、と畜解体室などがそろう。年間1万5千頭、1日に約60頭を処理する。見学は団体が基本。申し込みは加古川食肉産業協同組合TEL079・452・0989
 なお、食肉処理をテーマにした本はいろいろある。内澤旬子さんの「世界屠畜とちく紀行」は世界の食肉事情をイラストと文でつづったユニークな作品。また、鎌田慧さんの「ドキュメント屠場」は社会派のルポ。角岡伸彦さんの「ホルモン奉行」も面白い。
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とてつもなく大きな偏見が存在している。
牛は肉にされる為に存在しているという偏見。
同じ命なのに見た目が違うだけで、不当に扱われる動物達。
黒人差別と何も変わらない。
その差別が発生してしまう大きな原因に無知があると思う。
私は小さいころから動物達と触れ合ってきた。
彼らが愛されるべき存在である事を知っている。
偏見をなくす一番の方法は、その人(動物)と直接触れ合ってみる事だと私も思う。

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The most violent weapon on Earth is the table fork. - Mahatma Gandhi
「この世において一番凶暴な凶器はフォークである。」
マハトマ・ガンディー

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「にくのひと」

2007年 日本 ドキュメンタリー 70分
監督:満若勇咲1993年 

兵庫県加古川市志方町。 ここに位置する加古川食肉センターを舞台に「牛」が「肉」になるまでの過程と、 そこで働く人々を描いたドキュメンタリー。 普段何気なく口にする牛肉が、元々、牛だったと考えながら人々は食しているだろうか?  牛を解体し肉に加工する屠場。そこで働く人たち。 彼らにとってその仕事をすることは当たり前であり、他の職に就いている人たちの仕事への考えと何ら変わりはない。 しかし、肉は食べるけれど牛をさばく人は嫌だ、という差別意識を持つ人がいる。 そしてそこには、現在も存在する部落問題が絡んでいる。 それでも、加古川食肉センターの人々は、持ち前のたくましさと人柄で、世間の風潮に負ける事なく、 牛肉を提供し続けている。

監督プロフィール - 満若勇咲
1986年生まれ。2005年4月大阪芸術大学芸術学部映像学科入学。 「ゆきゆきて、神軍」(原一男監督)を見てドキュメンタリーを志す。 「にくのひと」は2007年度作。 現在、卒業作品として父を主人公にしたセルフドキュメンタリーを制作中。

監督コメント
「にくのひと」というタイトルの通り、この作品は牛を解体し肉へと加工する仕事に従事する人々を描きました。 僕自身がこの作品を作ったきっかけは、「牛が肉になる過程」を知りたいと思ったからです。 つまり、決して部落差別や職業差別の問題を最優先として作品を制作したわけではありません。 だから、この作品は明確な主義主張や教育ビデオのような、観る人に考えを押し付ける作品ではありません。

この作品を皆さんが観てどのように感じるかは自由ですが、 できれば「部落問題」「人権問題」等の意識を持たずに、一ドキュメンタリー作品として観ていただけたら幸いです。

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