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苦しみ続ける動物達の為に◆さっち~のブログ◆

動物達の真実から目を背けさせようと圧力をかけられアメブロを強制退会させられFC2に引っ越してきました。そうやって動物達の苦しみはなかった事にされ続けてきたのです。消しても隠せない位に動物達の叫びを共に伝えてほしい。広めてほしい。

声なき犠牲者「のこされた動物たち」~いるんですよ、まだ。1年がんばって生き抜いて待ち続けている。彼らの被災は終わっていない~ 

~ツイッターより~
太田康介‏@toramarushiro
「僕の気持ちが確実に伝わった記事です。良い記事を書いてくださり、ありがとうございました。【東日本大震災】ごめんね、くるみ…戦場カメラマンが記録、声なき犠牲者「のこされた動物たち」 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120526/wlf12052619010021-n1.htm」

ごめんね、くるみ…戦場カメラマンが記録、声なき犠牲者「のこされた動物たち」
(2012.5.26 19:00 産経ニュース)

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飢えてもう立つ体力がなくへたりこんだまま泣き続ける牛=福島県浪江町(太田康介さん撮影、「のこされた動物たち」より)

■助けてやれなかった…

 南相馬市小高区村上-。7月2日「信じられない光景。何もない、瓦礫(がれき)の土地に。まだ犬がいたなんて」▽8月1日「くるみ、君を助けたいよ」▽9月14日「半年もの間、ひとりぽっちで生きてきた、くるみ。何度も、君を捜しに行ったんだけど。ごめんね。助けてやれなかった」。(「のこされた動物たち」飛鳥新社より)

 小屋で眠るように息絶えていた犬、首輪だけが残された猫-。福島第1原発20キロ圏内の警戒区域に残された動物たちを撮り続けるフリーカメラマン、太田康介(やすすけ)さん(53)の写真集が反響を呼んでいる。昨年7月発刊の「のこされた動物たち」、続編「待ちつづける動物たち」(3月発刊)は計4万5000部を突破、今月には2冊セットのボックス本が発売された。東日本大震災から1年余り、人がいなくなった土地で必死に命をつなぐ動物たちの記録は生々しく、悲しい。

 震災から4カ月後の7月2日、福島県南相馬市に入った太田さんは、何もかも流され崩れた海沿いの堤防に、小さな黒い動くものを見た。ミニチュアダックスフント。後にわかるのだが、くるみというその犬は救出のヘリに乗れず取り残されていた。そばにあった家は跡形もなく、瓦礫の中にぽつんと1匹。それには理由があった。

その堤防はくるみの毎朝の散歩コースだったのだ。以来太田さんは何度も訪れたが、飼い主以外になつかなかったというくるみを保護することはできなかった。写真集には、うつむき加減に歩く寂しげなくるみの姿がある。

 9月14日、知り合いのボランティアが、4キロほど離れた国道でとぼとぼと歩いているミニチュアダックスを見つけた。近寄ろうとしたとたん、ぱたんと倒れてしまったという。すでに瀕死(ひんし)の状態で、病院に運ぶ車の中で息絶えた。6カ月もの間、散歩道周辺を離れようとしなかったくるみ。震災から半年、くるみは、なきがらになってようやく飼い主のもとに戻ることができた。

■がんばったね、ゴン太

 楢葉町の民家で、太田さんたちは不思議な光景を見た。食料のない被災地では襲われやすい烏骨鶏(うこっけい)や牛が生きている。調べてみると薄暗い納屋に力なくうずくまっている白い犬、ゴン太がいた。いやがるゴン太を連れ出すと、黒く汚れていると思ったのはすべて血で、重傷を負っている。病院に連れて行くと、複数の犬にかまれ、尻尾はかみ切られ、耳も片方ちぎれ、命も危ない状態だったことがわかった。

 ゴン太は飼い主の言いつけに従い、他の犬たちから家畜をずっと守っていたのだろうと想像できた。「約2カ月、ゴン太は見事に守り抜いたのです」と太田さん。現在、回復したゴン太は病院で飼い主とともに暮らせる日を待っている。

■地獄絵

 「今も彼らは被災し続けているんです。(震災の)風化どころか、今この瞬間もこの日本で、何の手当てもされず餓死し続けている。この現状を見てください」

 訴える太田さんの言葉には怒りがにじむ。ペットの犬や猫、家畜の牛や馬…人とともに生きてきた動物が、人がいない食料もない警戒区域で想像を超える過酷な状況に置かれている。

 太田さんは滋賀県出身で現在は東京都在住。初めて福島第1原発20キロ圏内に足を踏み入れたのは昨年3月30日だった。きっかけは現地入りしたジャーナリスト、山路徹さんのツイッター。

 「『犬がいます。おなかをすかせています。僕にはどうすることもできません』と。犬の写真を見てすぐに行かなきゃと思った」

 なんとかガソリン、餌、水を調達して南相馬市へ。まだ規制前で、足を踏み入れると犬がいた。餌と水をやって進むと、またすぐ別の犬が。空腹もだが、犬たちは一様に人恋しさをにじませすり寄ってくる。あっという間の初日、気づくと太田さんはほとんど写真を撮っていなかった。「餌をやるのに精いっぱいで撮る余裕もなかった」と振り返る。20キロ圏内の現実に圧倒された1日だった。

 2日目には早くも餌が尽き、1人では限界があると痛感。知り合いのボランティアに声をかけ保護活動を始める。以来、現地入りした日数は延べ60日以上、個人でも50匹以上を保護。20キロ圏内が警戒区域に指定されてからも、違法と知りつつ週に1回の福島通いを続けた。

何よりうちのめされたのは、牛舎の惨状だ。やせ細り、足腰が立たなくなって座り込む牛。周りには力尽きて倒れた仲間の死骸が重なり、そこはまさに地獄絵。わずかに残った牛も人の足音を聞きつけると、聞いたこともないような悲壮な声であらん限りに叫んでいた。

 「現場でのたうちまわりました。いったいどうすればいいのか。飢えは苦しいでしょう。肉牛といえども家畜を飢えて死なせちゃいけないよ。でも何もできず、チクショーって、うめきながらシャッターを切るしかなかった」

■「いるんですよ、まだ」

 震災後、政府の動物保護対応は遅かった。国と環境省が民間動物愛護団体の立ち入りを初めて許可したのが昨年12月、飼い主のペット持ち出しが認められたのは今年1月末だ。一方、多数の民間ボランティアが水面下で活動してきた。

 太田さんは現在もボランティア団体「福島原発20キロ圏内 犬・猫救出プロジェクト」の大網直子さんらとともに保護活動を続け、写真展や報告会を開いて警戒区域の現状を訴えている。GW中、京都市の法然院でも報告会を開き、100人を超える人が太田さんや大網さんらの訴えに耳を傾けた。

 辛い現実だが、震災から1年が過ぎ、被災地の動物たちは減ったというのが太田さんの実感だ。保護されたペットは飼い主を探し、里親募集もしているが、死んでいった動物の方が多いだろう。

「いるんですよ、まだ。1年がんばって生き抜いて待ち続けている。彼らの被災は終わっていない」

 動物たちをどうしたら救えるのか、答えは出ない。戦場カメラマンとしても活動してきた太田さんだが、「これまでは撮りたいから撮っていた。でもいまは違う。初めて“伝えたい”と思う」。

(文・写真 山上直子)

 ■大阪市北区のジュンク堂書店大阪本店で写真展「のこされた動物たち」を開催中、6月上旬までの予定。6月2日午後2時から、太田さんのトークイベントも。

 ■太田康介さんのブログ
http://ameblo.jp/uchino-toramaru/

 ■ゴン太たちの記録が本に。「ゴン太ごめんね、もう大丈夫だよ!」(山路徹と救出チーム編、光文社)  
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334976552

 ■「福島原発20キロ圏内 犬・猫救出プロジェクト」
http://dogcatrescueproject.blogspot.jp/

 ■AFP通信社
http://www.apfnews.com/

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福島第1原発20キロ圏内の動物を撮り続けた写真集とその続編。左の表紙の犬は保護されたが、猫は後にボランティアが死骸を見つけた

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津波で破壊された海岸にぼつんとたたずむミニチュアダックスフントのくるみ=福島県南相馬市(太田康介さん撮影、「のこされた動物たち」より)

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納屋にひっそりと隠れていた犬のゴン太。太田さんたちが発見したときは首のあたりが血に染まり元気がなかった=福島県楢葉町(太田康介さん撮影、「のこされた動物たち」より)

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福島第1原発20キロ圏内で太田さんが出会った犬は人恋しげにうれしそうに耳を寝かせ、なでて、と目で訴えかけてきた(太田康介さん撮影、「のこされた動物たち」より)

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悲しいほどやせた猫たち。缶詰を与えるとむしゃぶりつく=福島県浪江町(太田康介さん撮影、「のこされた動物たち」より)

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保護活動のかたわら、全国で報告会や写真展を開き、警戒区域の動物たちの現状を訴える太田康介さん=京都市左京区の法然院で

写真展「のこされた動物たち」6月予定(被災地動物情報のブログ)


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