苦しみ続ける動物達の為に◆さっち~のブログ◆

動物達の真実から目を背けさせようと圧力をかけられアメブロを強制退会させられFC2に引っ越してきました。そうやって動物達の苦しみはなかった事にされ続けてきたのです。消しても隠せない位に動物達の叫びを共に伝えてほしい。広めてほしい。

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アニマルライツ運動のやり方についての投稿に対する私の意見 

FACEBOOKでのkimiちゃんの投稿
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=765533366916723&set=a.469186686551394.1073741828.100003802002508&type=3&theater

《 アニマルライツ運動 》

ちょっと長い内容ですが付き合って頂けたら幸いです。

ずーと、考えてたことがある。
署名の画像や動画だ。
動物に対しての残酷な画像など。
果たしてこれで良いのか?

シェアする人は、、、

①真面目だからこそ現実をそのまま伝えたいから 知って欲しいから。

②人間はこんなにも残酷だ!許せない!
残酷な画像などは仕方ない!

③人間が動物に残酷な事をし、命を奪っているから仕方ない。

が大半だと思う。

私も、最初は見られなかった。
でも、署名してるうちに、段々慣れてきた。

血まみれの動物をだ。

これは、ひょっとしたら残酷さが慣れて、残酷ではなくなる感覚になるのではないか?

それでは、慣れからいきましょうか?
に、なってるのではないか。

画像を見せた時、顔をそむける人達に『見てください、現実はこうです』って、言ってる人は少なからず慣れてるからアピール出来る。

私達も残酷な画像は嫌だけど、現実はこうだから、私達と一緒に耐えながら見て頂いて、一緒に、同調し、アニマルライツ運動を広めよう!

これは、よく分かる。私も心の片隅に有ると思う。

しかし、よく考えてみると、例えば、人間が人間を虐待したり、残酷な殺し方をした画像、動画を同じ様にしたら?

そうか、悪い事をしているのか!
裏ではこうか!
でも気分悪くなるし、見ないでおこう。
思い出すから、触れないでおこう、
脳裏に焼き付くと辛いので、、

それで、無かった事になる。

臭いものには蓋を 状態だ!

戦争での死体の山や、拷問、処刑、奴隷の生首、精神異常者が子供をバラバラにした死体、、、

それを露骨に見せて、賛同を呼び掛けるのか?

当然、事実を知るのも大事である。

でも、見せるのと、知らせるのとでは全然違ってくる。

これを文章として、教育するのは何も間違いではない。頭の中で自分で考えるのも進化する過程になる筈だ。

残酷な画像、もしくは動画の場合は見るか見ないかで、そこで終わってしまう。

最後まで見た人だけが初めて内容に触れられる。

アニマルライツ運動とは、動物も人間も同じ権利を主張するのが基本である。
人間では基本的人権。
動物では基本的動物権である。

ただ、動物は守られていない。

だから、アニマルライツ運動を主張する心優しい人々が残酷な画像を見せて、人間は残酷なんです。目を背けないでとなる。

しかし、私はモヤモヤする。

アニマルライツ運動に興味を持つかもしれない、子供達、心優しい人、そんな人達が離れていくかも。それは完全に失敗である。

そして、動物を殺してる側の勝利である。

もっと工夫が大事だと思う。

インターネット何てのは大人だけが利用するんじゃないよね、、

SNSも、、

例えば優しいマンガ風でも良いのでは?
逆に興味をひくと思う。
可愛く書いたブタなどが、無惨にも殺された。とか?リアルは無しで、、

その方が純に可哀想、助けてあげたいとする心理状態が働く。

残酷な画像、動画共有は人間に対する憎悪だけが残る。
一歩前に進める数多い人々を後退させるのではないか?

大人より子供達がこれから社会をつくって行くのだから。
慎重に扱うべきだ。

戦争の悲惨を伝えたマンガ『はだしのゲン』
は、リアルに人間が死ぬのを書いた。
人々の脳裏に焼き付いた。
戦争反対と大きな波になったのは事実だ。

そう、マンガでだ。

リアル過ぎて問題になったが、それでも未だ多くの人々に伝わっている。

一番最良なアクションは中々答えが出ないと思うが、現実、賛同の数はマンガとの差が歴然としているのではないか。

手塚治虫のマンガ『ジャングル大帝レオ』
正にアニマルライツ運動ではないだろうか。

私がこうしてオッサンになっても『ジャングル大帝レオ』は心の中に生きている。

人間側では、、

原爆ドームなどの施設は、写真、動画、様々な資料などは再び起こさないとする呼び掛けは大事である事は当然である。

※アニマルライツ運動など、頑張っておられる方々をディスってるのでは無いです。
そういった運動を、子供からおじいちゃんおばあちゃんまで、アニマルライツ、ヴィーガンな生活を広めたい、少しでも早く、大きく変えたいと思うから日々考えているのです。

誤解の無い様に。

最後まで読んで頂いて有り難う御座いますm(__)m

~転載終了~


以前私のブログで登場した事もありますが、
ノンベクキッチン「ホテヴィラ」(旧ノンベクレル食堂)でランチしていた時に
たまたま隣の席で肉食の不必要さを友達に訴えている人を発見して、
あ!!仲間がいる!!!笑
っと必然的に友達になったキミちゃん。
その後1~2回京都のデモに参加してくれた事があります。
そのキミちゃんがフェイスブックで上記のような投稿をしていました。
実際私の活動に参加して、伝え方について感じた事もあるのでしょう。
内容を見る限り私にもメッセージを投げかけていると感じますし、
キミちゃんに悪意がないのは伝わりますし決してキミちゃんを否定してるわけではないですが、
一部の内容に疑問を抱きますし、寄せられたコメントの数々に黙っていられなくなったこともあり私の意見を書いておきたいと思います。
まず最初に、「難しい」と言われていますが、答えが出る訳がないのでそりゃ難しいでしょう。
そして難しいと感じてる人が多い事も知って私個人としては驚きです。
そもそもやり方をひとつに定められるはずがないのですから難しくなって当然でしょう。
伝え方について、こうした方がいい、ああした方がいいとか、意見される事は多々ありますが、
何故やり方をひとつに絞ろうとしたがるのか、そこからそもそも理解できません。
ありのままの現実を伝えることに感謝して生き方を変える人もいれば、不快に感じる方もいます。
感じ方は人それぞれですし、色んな伝え方が必要です。
私も勿論漫画の伝わりやすさも考え、かなつ久美さんに漫画の依頼をして書いて頂いたり、
kanatsukumi.jpg

時には戦隊好きな日本人に合わせてナンジャーやってみたり、
2016117sentai.jpg

ひとつのやり方にこだわってはいない、色々混ぜて伝えているつもりですが、
映像デモもやっているように現実をありのまま伝える事については私は特に力を入れている部分でありますので
今後もそこを止めるつもりはありません。
さっち~さんは血まみれの画像を見せつける暴力的で過激な人と一部で言われているのも知っていますが、
動物達の苦しみを考えればそんな意見はどうでもいいです。
動物達が受けている暴力行為の数々について遠慮して伝える事を止めるなんて選択は到底できません。
「アニマルライツ運動に興味を持つかもしれない、
子供達、心優しい人、そんな人達が離れていくかも。それは完全に失敗である。
そして、動物を殺してる側の勝利である。」
これは完全に違うと思います。
離れていく人が心優しいとは思えませんし、動物殺している人の勝利とは全く思いません。
今まで数えきれないくらい街頭で活動してきましたが、
いつも真っ先に残酷と言われる画像の数々に自ら歩み寄り知ろうとしてくれるのは子供たちです。
残酷な現実を見せつけられた子供たちの事を考えろという意見も良く聞きますが、
子供達の事を考えてないのは一体どっちなのかと思ってしまいます。
子供達の感じる気持ちを無視しすぎではないでしょうか?
こんなもん見せるな!っと子供から言われた事は一度もありません。
残酷な現実を見せつけられて不快だと言うのはいつも大人です。
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上から目線のつもりはないですし言い方悪かったらスミマセンが
デモに1~2度参加したくらいでは解らない、決めつけるのが早すぎではないかとも思います。
動物達の苦しむ姿をみて快く思えないのは心ある者として当たり前だと思いますし、
精神的に追い詰められる気持ちは勿論解っていますが、
その画像が目に飛び込んできて無理と思う人がいるなら、画面を手で隠す選択だって出来る訳ですし、
暴力行為だと一方的に決めつけるのもどうなのでしょうか?
コメント欄で「変わってくれればいいのですが・・・」と他人任せと受け取られる発言もありますが、
何故人のやり方を変えさせようとするのですか?
自分が思う形があるなら、それを自分でやってみせたらいいのではないですか?
活動してくれる人に変わって貰いたいという考え自体が残念です。
あまりに甘えすぎだと感じます・・・。
そもそも、リアルな現実を知らせる事が優しくないと思ってる自体から違うと思います。
私には知らせてくれる人はむしろ優しい。
そもそもの扱いが違うのですから、
尊重されている特別扱いの人間が殺されていくその様子を撮影した画像を見せるのと、
命を奪われている事が当たり前にされている動物達の事を伝えるのとは同じではありません。
スーパーに並ぶ肉や、アパレル店で並ぶ毛皮製品。
それが動物の苦しみだと気づかれないようにこの世の中はあらゆる方向から動物達の苦しみが覆い隠されている。
スーパーの並んでいる肉は、動物達の苦しみの上に存在しているという事を知らせるために、
その境界線をなくすために、リアルな現実を知らせる事は絶対必要です。
残酷な現実を伝える事を躊躇する人たちの中で、
動物問題について伝える事自体を止めてしまう人の存在を多数感じますが、
今この瞬間も動物達は暴力行為の数々に泣き叫んでいるのに、
その余裕は一体どこから来るのか疑問です。
オブラートに包んだら、残酷な現実はなくなるのでしょうか?
アニマルライツを伝えるのに、裏側を実際見せる、残酷と言われる現実を伝える方法は世界で主流です。
そういう人達の行動の積み重ねが、動物達の扱いを変える進歩と言われる状況を生みだしてきた事は
変えようのない事実ですが、その事実もなかった事にしたいのですか?
あらゆる暴力行為をオブラートで包み続け人間を含む動物虐待虐殺大国に成り果ててる日本の姿が
それを物語っているというのに・・・。
あとコメント欄で、
「お行儀悪い関西のアニマルライツの人達も、あれじゃ、逆効果だよ(涙)」
とか、仲間を侮辱してると受け取られる発言してる人がいて超腹立ちました。
そういうあなたにヒューマンライツはあるのでしょうか?
自分とはやり方が違うと感じてても活動協力してくれてる人達もいます。
自分を含め活動してる人達は残酷な映像の数々に慣れてる訳ではありません。
苦しくて悲しくてどれだけの涙を流し続けているというのか。。。
動物達だけでなく、未来を生きる人たちに同じ想いをさせたくない、
そんな想いもあって活動しています。
ヒューマンライツがないとか、一方的な決めつけは止めてもらいたいです。
そもそもキミちゃんの投稿は私だけに向けられたものではないと思いますが、
それでも言っておきたいです。
私だけが非難されるのならともかく、
周りの人たちもひとくくりに決めつけて傷つけるようなる発言は止めて頂きたいです。
また動物問題を知って間もない、何かしたいと思ってる人が、
この投稿やコメント欄を見て活動したいと思うでしょうか?
活動には参加しない、他人任せにしてる人に限って、
あれはこうだあ~だと人の活動を批判(非難)しているシーンを良く見かけます。
いつもは傍観者なのに、誰かが誰かの活動を批判した時だけ話に乗ってくる。
一部の人の発言は遠まわしに活動妨害しているのと同じだったりしますね。
傍観者なら傍観者らしくいてほしいものです。
動物問題の数々に寿命が確実に縮むと思うほど胸が痛む毎日、
その現実を伝えようと活動したらやれ過激だ、
酷い場合はテロ行為だとまで無関心層に罵られる事もある。
そして目的が同じはずの仲間内からも過激だと言われ、、、
活動家は一体どれだけの傷を背負ったらいいのでしょうか?
命を守りたいと純粋に活動しているだけなのに、
何故そんなに追い詰められないといけないのでしょう?
「過激だ。」
その文句は動物達への過激な暴力行為を存在させてるこの社会に向けられるべきなのに。
キミちゃんの投稿とそこに寄せられたコメントをみて、
不安な気持ちを抱いた全国の活動家の方もいるかと思ったのであえて記事にさせて頂きました。
皆さんがやってる事は決して間違ってなんかいないと思います。
私も今までと同じようにこれからも自分が感じたままに伝えます。
これからも正々堂々と、動物達の声を伝え続ける。
そしていつも共に伝えてくれる仲間達に改めて感謝の気持ちが溢れます。
ありがとうございますm(__)m
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1枚の写真が国家を動かすこともある。
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