苦しみ続ける動物達の為に◆さっち~のブログ◆

動物達の真実から目を背けさせようと圧力をかけられアメブロを強制退会させられFC2に引っ越してきました。そうやって動物達の苦しみはなかった事にされ続けてきたのです。消しても隠せない位に動物達の叫びを共に伝えてほしい。広めてほしい。

この世界に、心地よい風が吹き渡りますように。  

オカンのいない日常に慣れない日々。
あれほど、飽きるほど、覚悟を重ねてきたのに、こんな気持ちになるなんて。
産まれて初めて感じる喪失感。唯一の味方を失ったような気持ち。
オカンを特別視してるみたいだが、開き直ってる訳ではなく、やはりオカンは特別な存在なのではないだろうか。
私たちは母のお腹の中から産まれてきたのだから。
差別なんかではなく、関わりが大きければ大きいほど自然に生まれる感情だろう。

オカンを見る度、チェックしていた胸の動き。
ある朝、目覚めたら、オカンの胸の動きがピタリと止まっていた。
ついに鼓動が聞こえなくなった。
熟睡していた訳ではないのに、隣で寝ていて気付かなかったのだ。
それだけ静かに眠りながら息が止まっていったという事は、
それだけ安らかに逝ったという事だよと周りは言うが、
唯一母の状態を知る手掛かりは微かな息使いと表情のみ、
何ひとつも伝える事のできなくなった状況のオカンの気持ちと感覚、真実は本人にしか解らないこと。
だけど色んな兆候が訪れその時がもうすぐ近くまで来ている事は知っていた。
あれだけ傍にいたのに、
最後の最後に手を繋いでいてやれなかったなんて、
何故私はずっと目を開けていなかったのかと、
何ひとつ悔いはないと言い切れるほど傍に寄り添っていると自負していたくせに、
その時が近い事を感じていたのに、
最後に睡眠を優先させた自分が愚か者でどうしようもない気持ちになる。
それともオカンが寝かせていてくれたのだろうか、と自分勝手な妄想をしてみたりもして。。
唯一の救いは、最期が苦しいものではなかったことを想像させるオカンの表情。
生きている時は、オカンの事を1度も綺麗だなんて思った事ないのに、
産まれて初めて母を綺麗と感じたのが、まさか死んだ後だなんてね。。。
それだけ良い表情をしていたのだ。
オカンが倒れてから、色んな所でオカンには本当にお世話になったという人達に沢山出逢った。
私の知らないところで、見えない所で、オカンが優しさの種を蒔き続けていた事を知った。
皆を癒すかのように、メッセージを伝えるかのように、笑っていたオカン。
駆けつけてくれた沢山の人達が同じように感じてくれていたよ。
最後にそんなオカンの微笑む姿を見る事ができたのはきっと、
オカンの力になろうと支えてくれた人たちがいたから、
例え意識がなかったとしても、
オカンの気持ちに寄り添ってくれた皆の愛を感じて旅立つことが出来たからだろうと信じる。
それは何より、オカンが周りに愛を与えていた事実があるからこそなんだと思う。

わたし1人では乗り越えられなかったであろう介護生活。
本当に、色んな方にお世話になった。
特に在宅介護でお世話になった方々には私自身も精神的に救われる点が多かった。
例え仕事と言う割り切った関係だったとしても、そんな皆様の力がなければ、最後にオカンのあんな表情をみることはできなかったかもしれないと思う。
直接的に関わって下さった皆様だけでなく、遠くから心配して力になろうとして下さった皆様、
オカンの命に寄り添い、オカンの人生を共に支えて下さった皆様へ、心よりお礼申し上げたい。
本当にありがとうございました。

オカンが灰になった日。
ダイヤと歩く、いつもの散歩道から見上げる空が違って見えた。
オカンは空の住人になったのかな。
病気よりも何よりも、恐らくオカンの人生で一番の苦しみとなったであろうチコちゃんの死。
早くチコちゃんの所に行きたいと言い続けていたオカン。
「チコちゃんには無事逢えたでしょうか?」
空に向かって問いかけているけどまだ返事がない。
あなた達が、どうか共に喜びに満ち溢れていますようにと、もう私は、死ぬまで願うこと位しかできないんだね。
もっと、一緒にいたかったよ、、、。淋しいよ。。。
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これはちょうど今の私と同じ年だった頃のオカン。
寝る間も惜しみ、私たちを育てる為に何十年も必死に働き続けたオカン。
私がしたことなど、オカンの足元にも及ばない事をほんと思い知らされる。
オカンは本当に凄い存在だ。
小さい頃、仕事仕事でオカンが帰ってくるのを夜な夜な待ち続けた日々を思い出す。
その頃叶えられなかった事。私はきっと、介護を通じてオカンに甘えていたんだね。
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オカンがいた日常が、これまでの事が、まるで夢のように思える今日この頃。
チコちゃんを突然失った時とはまた違う、不思議な気持ち。
そして改めて、命がこんなにも重い事を知った。
だから、命がいとも簡単に奪われ続けているこの現実がより重く突き刺さる。
安らかな死を迎えた、最期は幸せだったという事になるのであろうオカンを想うだけでもこんなに辛いのに、
我慢しようと思えばできるはずの、人間のしょうもない一時の欲求の為に、無理矢理引き離される親子。
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理不尽に命を奪われる者達や、その者達を取り巻く苦しみは、想像を絶するどころの話ではない。
容赦ない。この世界は一体、どこまで残酷さを極めれば気が済むのか。。。
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「イスラエル・パレスチナ間の暴力の連鎖を断ち切るための署名にご協力を。」
https://secure.avaaz.org/jp/israel_palestine_this_is_how_it_ends_loc/?wDOSmdb


これは去年の今頃やったね。
脳出血で倒れてリハビリ頑張って、ようやく退院した時に行った伏見稲荷にて。
小さい頃ぶりに自然と手を繋いだ事が印象的だったオカンとの2ショット。
この後、肺ガン手術して、落ち着いたと思ったら今度は脳に癌が転移して。
次々と病を重ねる中で娘まで亡くして。
大腸ガンから始まって、この5年ほどは特に壮絶な人生やったね。
何より亭主は最後の最後まで鬼畜モード全開で。
それだけは本当に気の毒だったけど、その代わりこんなに素晴らしい娘がいたからいいって言ってくれるかな?
お母さん、本当に、お疲れ様でした。
お母さん、本当に、ありがとう。
ゆっくり休んでね・・・
いつの日か、再会できたらいいな。
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歌に関心のないオカンだったけど、生前良く口づさんでいた歌がある。
そんな事言われても・・・っと、当時は聞くたびにストレスを感じてイラッっとしていたけど、、
今は、風を感じる度に、あなたを感じて胸が熱くなります。
そして何より、風を感じる事もできない者達がいるから、
どれだけ暗闇でも進んでいくしかありません。



醜さも、美しさも、今回の経験で私はまた新たな景色を見た。
これまでと同じようにいかない事があるかもしれない。
自分自身や、生活を立て直すのに、暫く時間もかかるだろう。
だけど一先ず、10月18日(土)に、京都毛皮反対デモ行進やる事を決めた(あくまでも予定だが)。
日本毛皮反対ウィーク1発目。
オカンも一緒に、毛皮反対で宜しくどすえ。
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