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人は食べられなくなったらどうなるんだろう「人は不食で生きられるか」最後だとわかっているから
「人は食べられなくなったらどうなるんだろう。」
不食で生きている人々もいる。
痩せ細っていくオカンの姿に、そんな事を検索したくなる。
最後に食事をしたのは、6月12日の夜。
あれから、もう23日。オカンは何も食べていない。
脳梗塞に脳出血に、挙句の果てに脳にまでガンが広がりオカンの脳はボロボロ。
積極的な治療はもう望まないという事で、自宅で介護していたが、突然脳が発作を起こし救急搬送したのが13日。
その日からついにオカンが絶食状態になった。
食べるという行為がオカンに残された唯一の?人間らしい営みだったのに。
寝返りもうてない。体を自ら動かす事はもうほとんどできない。愛しいダイヤを撫でる事もできない。
病院の先生からは、「このまま病院で看取るという形で宜しいですか?」とだけ言われた。
点滴に痰の吸引に酸素吸入に24時間監視が必要な状況。
もう自宅で看るのは厳しいだろうと想像し思わず「はい。」と返事してしまったのだが、
その後すぐに心がモヤモヤし、何の為に自宅で介護してきたのかと冷静になり、やはり最期は自宅で看取りたいとオカンを連れて帰ってきた私。
自宅で看取るという選択肢を病院から与えられる事は少ないだろうと思う。
今は昔と違って簡単に家では死ねない、病院で息を引き取る人は9割にもなる時代。
そして日本は世界一の寝たきり老人大国だという。
この国で~大国とつく事にろくな事はない。
経済的利益の為に、大切なものが失われていく社会。
こちらがすでに意思を持ち情報等を得て考えていなかったら、連れて帰ってくる事はできなかったと思う。
また動物問題に触れてなかったら、目の前に光景に疑問を抱く事もなく、言われるがまますんなり病院に任せていたかもしれなかったとも思うと今の自分があって良かったとも思った。
人によっては家より病院の方がいいと思う人もいるだろうし、
自分のしてきた選択が正しいという事になるのかは死んでも解らないし答えのない問いだと思うが、
母を愛する娘としてはこの選択に悔いはないと言い切れる。
自分に何かあった時どうしてほしいか?という問いに、
「家族に迷惑をかけたくない。」という声が良く聞かれるが、
私の場合、確かに父親という名前の鬼畜の同居人との崩壊した関係の中でここまで持ってくるのは大変だったし、
仕事を長期休暇したり借金したり色々無理したし、精神的体力的にも負担は大きいという事になるのかもしれないが、決してそれらを迷惑だなんて思った事はない。
世界中にいる娘の中の1人のちっぽけな意見だけど、
逆に世話をしてあげられない事のほうが苦しい、世話出来る事が喜びになる家族もいるんだという事を知ってほしい。
そして矛盾してる事をいってるのかもしれないが、この世界の誰一人として何ひとつも迷惑をかけずに生きている人間などいない。だからといって開き直ってなんでもありという事ではなく、迷惑をかけずに生きるのは無理なんだという事をただ認めたい。
「人は食べられなくなったらどうなるんだろう。」
苦しい痛いと訴える事もできないオカン。
私たちとしては見た目で判断するしかない。
肺の状態も悪い為、サチュレーションも昨日は70%台まで下がり、呼吸状態も悪くなってきたが、
それでもオカンは訪問看護師さん達がビックリするくらい、1日の大半を静かに穏やかに寝て過ごしている。
80%台になると健康体な人間なら溺れている並みに呼吸が苦しくなるのだそう。
それって相当苦しいはずなのに、オカンはスヤスヤ寝ていて不思議な光景である。
といっても、寝ている間に度々咳をして痰の吸引作業が必要になるので穏やかともいえないかもだが、
それもまた、通常なら苦しくて暴れるほどの吸引も、オカンは静かな反応で苦痛は少なくて済んでいると感じる。
末期がんと聞くと苦しみのイメージがつきまとうかもしれないが、
オカンは脳がダメージを受けている分、苦痛を感じる能力が一部失われており、そういう点では悲しいけど救いということになっているようだ。
担当の脳外科医も「出来るなら僕も転移性脳腫瘍で死にたい。」と言っていた。
誰もがそうなるのかは知らないが、苦痛が軽減されるメリットを重視しての事なんだろう。
オカンの姿を見て「私も出来るならこんな最後がいい。」と羨ましがる人達までいた。
因みに手術など現代医療にお世話になりはしたが、抗がん剤は拒否してきたので使っていない。
ここに来るまでとてつもない苦労をしてきたオカンだけど、最後はこのような形で存在でき、オカン自身はどう思っているかは解らないが、ありがたい今を過ごせているという事になると思う。その状況に娘としては感謝の気持ちも湧く。
病院にいる時はほぼ昏睡状態だったが、
家に帰ってきたらたまに、目を開けて何かを感じているような気配を出すようになった。
しかしほぼ意識はない。
そんな中一度だけ、「わたし誰か解る?」と聞いたら、「解ってるよ。」という答え(声)が返ってきた時があった。
まさかの奇跡的な反応に、オカンは食べられなくなっても、ずっと生き続けるかもしれない、、何かがリセットされてまた元気になるかもしれない、新しい生命体に生まれ変わるのかもしれない、
なんて、そんな感覚に襲われた。
そしてその日が来るのが怖くて悲しくて、涙が溢れた。
「人は食べられなくなったらどうなるんだろう。」
山田 鷹夫さんの、"人は食べなくても生きられる"も読んだことがあるが、(とても面白かったし視野広がった)
私が思うに、もし不食で生きていけるとするなら、そこにはその人の意思を伴う事が必要条件ではないかと感じる。
オカンという1人の命に真正面から向き合い、私はそれを目の当たりにする。
人は産まれた時から死というゴールに向かって歩いてるようなもの。
他人事じゃない、誰にでも訪れる死。
ましてやこれから超高齢化社会になっていく。介護する側の問題も増えるでしょう。
誰もが向き合わなければならない家族や自分自身の死。
皆さんはもし選べるならどんな風な最後を過ごしたいですか?
食べられなくなったらどうしてほしいですか?
食べられるとかいう以前に違う形で死を迎えるかもしれないし、
家族や友人もいなかったり、抱える事情はそれぞれとは思うけど、
答えが出ていて伝えられる人がいるなら早めに意思表示しておかれる事をお勧めしたい。
伝えられなくなる時がすぐ来るかもしれないのですから。
そして今回特に考えさせられたのは点滴の在り方について。
できるだけ自然な形を望んでいた私にとって、この記事はとても勉強になった。
「第2回 人が自然に亡くなる過程」~「楽な最期」とは枯れるように逝くこと~
http://www.tampopo-clinic.com/zaitaku/mitori02.html
「第3回 最期は点滴をしない自然の看取りの選択肢」
http://www.tampopo-clinic.com/zaitaku/mitori.html
人は枯れるように死んでいくのが楽とのこと。
私たちはこの地球を構成している生命体の一部なんだと実感する。
こういった情報を知り、私も点滴を外したい気持ちを伝えたが、まだオカンの体は枯れようとする段階に入っていない、水分を処理できる状態だから無理して枯らすのは可哀相という事で、最低限の補給のみ、一番身体に負担のない皮下点滴を選んだ。
体の状態を観察しながら、その時が来たら外す事になっているが、元々反応がない事もありここに挙げられている兆候の数々は前から出ていたりで、どの症状を目安にするのかそのタイミングを計るのは難しいが、その日が遠くない事だけは解る。
「死ぬ直前」
http://eml2.exblog.jp/6911777
「死を看取るー死の兆候のまとめ」
http://www.geocities.jp/yccfh851/newpage22..html
私の経験が誰かの参考になったら嬉しいと思い、雑だけどあえて今日はこんな記事を書いてみた。
オカンの寝息が聞こえている間に。
衰弱していく母を前に、皆さんに今伝えたいこと。
みないつか最後が来ることを解ってるはずだから。
最後だとわかっているから、
好きなだけ頭を撫でで、
好きなだけキスをして、
好きなだけ抱きしめて、
好きなだけ愛を伝えています。
亡きチコちゃんの分も一緒に。
悲しいけど、とても悲しいけど、
あなたに思う存分寄り添える。
娘として最大の喜びです。
母として最大の喜びでありますように。
病院から頂いた冊子。自宅でケアできる体制が整っている病院だったことは本当にありがたかった。
ここには本当にお世話になった。まだ終わってないけどね。

「最後だとわかっていたなら」

2014年7月6日(日) オカンの心臓はまだしっかりと動いている。ダイヤも傍にいるよ。

「何も食べず、何も飲まない人々 - 人は不食で生きられるか」
http://x51.org/x/05/01/1506.php
【Pravda】食 - それは睡眠と共に、人間を含む多くの動物にとって生命活動の根幹を成す活動のひとつである。それは言わば人類不変の営みであり、それなくして生命活動を行うことは不可能だとさえ言えるだろう。しかし近年、世界中で決して少なくない人々が一切食事を取らず - そして水さえ飲まずに - 何の支障もなく生活しているという。そしてそうした人々は、自らのことをして「独立栄養生物」だというのである。独立栄養生物とは、例えば光合成を行う多くの植物のように、自分自身で栄養を生産し、それを自らの生命の糧とすることが出来るものを指す。しかし、本来生態系において最も強欲な消費者 - 「従属栄養生物」である人間に、本当にそんなことが可能なのだろうか。
ロシアの動物保護団体会長のイリナ・ノヴォジロヴァ氏はここ数年に渡り、不食を実行している人物である。彼女は不食について次のように語っている。「不食というコンセプト自体は、遠い昔から存在しています。例えばロシアの哲学者でエコロジストのベルナツキーは、かなり早い段階で人間の不食の可能性について考え、そして人間は本来宇宙から得られるエネルギーで生きる事が出来るものであると確信していました。実際、現在でも幾人かの人々は不食を実行し、何の問題もなく生活しています。」
独立栄養生物、従属栄養生物
「現在、地球に存在している生物は大別して二種類に分けることができます。それは独立栄養生物、そして従属栄養生物です。植物の多くは独立栄養生物ですが、それらは太陽や空気といった無機物から栄養を生産し、光合成というプロセスを経てエネルギーを得ることが出来ます。そしてもう一方、人間を含む動物の大半は従属栄養生物に属していますが、これは他の生物から栄養を摂取して生きているわけです。従って、現在不食を実行している人々は、人間というよりは植物に近い存在であるといえるわけです。
現在、モスクワには不食を実行している団体がありますが、彼らは定期的に集まってそれぞれの活動を報告しあっています。私は時々彼らと話をする機会があるんですが、例えばモスクワに住むある女性の話では、幼児が7歳になるまで母乳を与えた結果、8歳になるまでには何の苦もなく独立栄養人間となることが出来たそうです。その母親はもちろん、食べることも飲むこともしません。しかし、母乳はちゃんと出るんですね。
不食はまず、動物性のものを摂取することを止めて菜食主義者になることからはじまり、そして段階を経ながらやがては菜食すらも止めるという形で行われます。そしてそれと同時に飲むことも止めていくわけです。しかし不食を実行している人々が、それによって悪影響を受けることはありません。彼らはむしろ精力的で、明るい人間になります。しかしここで注意しておきたいのは、不食を実行しようとして、ある日突然全ての飲食を止めることは不可能であるということです。それは決して焦らず、一時的な飢餓状態を繰り返しながら時間をかけて行うべきです。さもなけらば、最悪の場合、飢餓や浪費によって死ぬことになるでしょう。」
断食、絶食、不食
近年、65年間に渡って水も食料も摂取せずに生活している男として世界中に紹介されたプララド・ジャニ氏は、最も有名な不食実践者の一人である。氏は6歳の時に水と食料を絶ち、現在に至るまで不食を実践し続けている。一昨年には科学者らによって調査が行われたが、そこで彼は不食が嘘でないことを証明し、科学者らの度肝を抜いた。調査でジャニ氏は数日間に渡って完全な監視体制が敷かれた部屋に入り、水や食料を摂取せず、更には排尿、排泄さえも行わずにそこで暮らしたという。そして数日を経て尚、ジャニ氏の身体は至って健康のままだったのである。また調査でジャニ氏の体内では尿が生成されていることが明らかになったが、それは排尿されず、膀胱に吸収されていることが明らかになったという。そしてジャニ氏は実験を終え、まず空気から水を得ていること、そして口蓋に孔があり、そこから流れ出すエネルギーを摂取していることなどを語っている。
(※写真・上はジャニ氏、下は「太陽を食べる男」として有名なヒラ・ラタン・マネク氏 。氏の断食はNASAの科学者にも調査されているという。)
そしてロシアで最も有名な不食実践者はクラスノダルに暮らすジナイダ・バラノワ(67)である。彼女の場合は、まず最初に肉をやめ、そして野菜を止めるといったように、非常に長い時間をかけて徐々に不食を実行し、現在では完全に不食状態に入ってから既に4年半が経過しているという。またバウマン研究所の科学者らが彼女を調査した結果、彼女の身体は年齢にして20歳程度の若さを保持していたことが明らかになっている。同研究所のスピリドノフ博士によれば、彼女の身体は至って健康であり、胃を除く全ての器官が正常に機能していることを確認したと話している。そして博士の結論どおり、彼女は現在、病気もなく至って健康であり、非常に快活であるという。
しかしまた、彼女は不食についてその厳しさを次のように語っている。「不食という新しいライフスタイルに慣れるまでは本当に苦しみました。痙攣や極度の疲労、喉の渇きに襲われ、時にはこのまま死ぬのではないかとさえ思いました。しかしそういう状態を1ヶ月半経て、ようやく健康状態が回復してきたんです。」
自給自足のシステム
このように、現在ではまだ数少ないが、何も食べず、何も飲まずに生きている人間は既に、実際に存在していることが確認
されているのである。あたかも人間の存在を根本から覆す彼らの身体には、一体いかなるシステムが機能しているのだろうか。一説には、こうした不食の実践が人間を根本から、新たな自給自足型の人間に作り変えるのではないかという推測も行われているが、その原因は未だ定かではない。
近年の栄養学によれば、人体に必須とされるB12ビタミンは動物性食物の中にのみ存在していることが確認されている。従って、菜食主義は人間にとって本来は不適切な状態であると言えるはずなのである。しかしまた最近行われた報告によれば、そうした事実にも関わらず、菜食主義を実践している人々の身体から十分なB12ビタミンが存在していることが発見されている。この結果は研究者らを悩ませたが、更なる研究の結果、それらのビタミンは腸内のマイクロフローラ(常在細菌群)の活動によって合成されていることが明らかになりつつあるという。また更に別の研究では、人間の腸は、アミノ酸を合成する微生物を作り出すことが可能であるという新たな事実も報告されている。
食 - それは人類にとって未来永劫不変の活動である。おそらく多くの人々はそれを疑いさえしないだろう。しかし、世界には既に、食事を絶ってなお快活に生きている人々が少なからず存在しているのである。
あなたが毎日口に運ぶそれは、果たして本当に必要なものなのだろうか?
【参考1】ベジタリアンの情報ページ:草食動物のしくみより
(前略)草食動物のような機能を持つ人達もいます。パプアニューギニア高地の人は、ほとんどイモ類(糖質)しか食べず、たん白質摂取量が非常に少ないにも関わらず、貧血など低栄養状態は認められず、筋骨逞しい体型を持っています。研究によると、彼らの腸には「アンモニア態窒素」を「アミノ酸」として取り込む嫌気性のらせん状細菌や連鎖状の細菌が住んでいて、これによってたん白質を得ているとのことです。このような「特殊な」腸内細菌を持つ人はパプアニューギニアに限らずいるようです。普通の人でも食生活を変えることでもある程度腸内環境が変化するようです。
【参考2】百人社通信 : 「三年食べない女」(遼寧晩報2003年6月9日)より
これは大連在住のある女性の身に、実際に起きた出来事だ。記者は昨日、公安部の協力を得てこの女性を取材する事ができた。理髪店経営の女性、冷雲さんは今年52歳。3年前のある日、多忙により朝食・昼食共に取り損ねた彼女は、午後三時にいつもの揚げパンを買ってきた。ところが食べ終わるなり気分を悪くして全てもどし、その後二日間何も口にしなかった。自分でも奇妙に感じたのは、その間空腹感を全く覚えなかった事。自ら病気を疑い、地元病院で検査を受けたが全て正常。更に大連市の大病院を幾つかまわり検査したが、やはり異常なし。摂食障害の可能性を考えた医師もいたが、こうした患者に見られる体への悪影響が、彼女には全く見られず、全機能正常。結局原因はわからず、冷雲さんは病院通いをやめてしまった。こうして彼女は、2000年5月から食事を取っておらず、毎日夕方に飲む一杯の水が、唯一の「食べ物」なのだという。当初は小便があったが、不思議な事にここ30ヶ月間は、大小便が一切ない。長いこと悩まされていた頭痛、リューマチ、胃病等も、不食になってから奇跡的に全てが好転した。頻繁に風邪を引いていたのが、今では病気知らずの精力旺盛。現在、理髪店で連日10時間以上働いているが、全くの疲れ知らずだ。唯一の良くない変化は、たいへん痩せてしまったこと。元々62キロあった体重が、2000年末には45キロにまで減少。しかし、それから2年以上、更なる減少はない。
【参考3】『東遊記』巻之五末より、「不食病」(奇談)より
この尼は十四五歳のころから少食であった。十六七歳で同じ村の家に嫁いだが、病身だという理由で離縁され、実家に戻って後、尼となってこの寺に住んだのである。尼になってから少食の度合が進み、一月に二三度、少し食べればいい、という状態になった。その後、数か月の間に一度、少し食べるだけになり、ここ数年はずっと食べていない。ただ、時々わずかの湯を飲むだけである。このように断食していながら、身体が特に弱るわけではない。(中略)庶民を惑わすいかがわしい尼ではないかと、その筋が疑って吟味したこともあったが、結局、病気のせいでそうなのだとわかって、おかまいなしとなった。
【参考4】ところでブリザリアンって何?より
ブリザリアン、英語でBRETHARIANと綴る。水を中心とした液体を摂取するだけで生活している人々のことである。(中略)かつてシュタイナーは薔薇十字団の修行について“人間の内部の中で酸素を炭素にする器官を形成する規則正しい呼吸を指導する。現在植物が行っていることを、将来、人間は自らの器官を通して行うようになるが、この器官を今から修行によって形成する”“将来、人体はより植物に似たものとなり、神聖な愛の鎗と出会う”と語った。食事をしない人々はインドにおいては他にも例があるようで、聞くところ、25,000人のブリザリアンが存在するらしい。
【参考5】不食実験の会 | 人は食べなくても生きられる
【参考6】絶食療法の解説 | 断眠の影響とその限界
【関連】 65年間、水も食料も摂らずに生きる男 | 太陽を食べる男 NASAが研究へ
~転載終了~
不食で生きている人々もいる。
痩せ細っていくオカンの姿に、そんな事を検索したくなる。
最後に食事をしたのは、6月12日の夜。
あれから、もう23日。オカンは何も食べていない。
脳梗塞に脳出血に、挙句の果てに脳にまでガンが広がりオカンの脳はボロボロ。
積極的な治療はもう望まないという事で、自宅で介護していたが、突然脳が発作を起こし救急搬送したのが13日。
その日からついにオカンが絶食状態になった。
食べるという行為がオカンに残された唯一の?人間らしい営みだったのに。
寝返りもうてない。体を自ら動かす事はもうほとんどできない。愛しいダイヤを撫でる事もできない。
病院の先生からは、「このまま病院で看取るという形で宜しいですか?」とだけ言われた。
点滴に痰の吸引に酸素吸入に24時間監視が必要な状況。
もう自宅で看るのは厳しいだろうと想像し思わず「はい。」と返事してしまったのだが、
その後すぐに心がモヤモヤし、何の為に自宅で介護してきたのかと冷静になり、やはり最期は自宅で看取りたいとオカンを連れて帰ってきた私。
自宅で看取るという選択肢を病院から与えられる事は少ないだろうと思う。
今は昔と違って簡単に家では死ねない、病院で息を引き取る人は9割にもなる時代。
そして日本は世界一の寝たきり老人大国だという。
この国で~大国とつく事にろくな事はない。
経済的利益の為に、大切なものが失われていく社会。
こちらがすでに意思を持ち情報等を得て考えていなかったら、連れて帰ってくる事はできなかったと思う。
また動物問題に触れてなかったら、目の前に光景に疑問を抱く事もなく、言われるがまますんなり病院に任せていたかもしれなかったとも思うと今の自分があって良かったとも思った。
人によっては家より病院の方がいいと思う人もいるだろうし、
自分のしてきた選択が正しいという事になるのかは死んでも解らないし答えのない問いだと思うが、
母を愛する娘としてはこの選択に悔いはないと言い切れる。
自分に何かあった時どうしてほしいか?という問いに、
「家族に迷惑をかけたくない。」という声が良く聞かれるが、
私の場合、確かに父親という名前の鬼畜の同居人との崩壊した関係の中でここまで持ってくるのは大変だったし、
仕事を長期休暇したり借金したり色々無理したし、精神的体力的にも負担は大きいという事になるのかもしれないが、決してそれらを迷惑だなんて思った事はない。
世界中にいる娘の中の1人のちっぽけな意見だけど、
逆に世話をしてあげられない事のほうが苦しい、世話出来る事が喜びになる家族もいるんだという事を知ってほしい。
そして矛盾してる事をいってるのかもしれないが、この世界の誰一人として何ひとつも迷惑をかけずに生きている人間などいない。だからといって開き直ってなんでもありという事ではなく、迷惑をかけずに生きるのは無理なんだという事をただ認めたい。
「人は食べられなくなったらどうなるんだろう。」
苦しい痛いと訴える事もできないオカン。
私たちとしては見た目で判断するしかない。
肺の状態も悪い為、サチュレーションも昨日は70%台まで下がり、呼吸状態も悪くなってきたが、
それでもオカンは訪問看護師さん達がビックリするくらい、1日の大半を静かに穏やかに寝て過ごしている。
80%台になると健康体な人間なら溺れている並みに呼吸が苦しくなるのだそう。
それって相当苦しいはずなのに、オカンはスヤスヤ寝ていて不思議な光景である。
といっても、寝ている間に度々咳をして痰の吸引作業が必要になるので穏やかともいえないかもだが、
それもまた、通常なら苦しくて暴れるほどの吸引も、オカンは静かな反応で苦痛は少なくて済んでいると感じる。
末期がんと聞くと苦しみのイメージがつきまとうかもしれないが、
オカンは脳がダメージを受けている分、苦痛を感じる能力が一部失われており、そういう点では悲しいけど救いということになっているようだ。
担当の脳外科医も「出来るなら僕も転移性脳腫瘍で死にたい。」と言っていた。
誰もがそうなるのかは知らないが、苦痛が軽減されるメリットを重視しての事なんだろう。
オカンの姿を見て「私も出来るならこんな最後がいい。」と羨ましがる人達までいた。
因みに手術など現代医療にお世話になりはしたが、抗がん剤は拒否してきたので使っていない。
ここに来るまでとてつもない苦労をしてきたオカンだけど、最後はこのような形で存在でき、オカン自身はどう思っているかは解らないが、ありがたい今を過ごせているという事になると思う。その状況に娘としては感謝の気持ちも湧く。
病院にいる時はほぼ昏睡状態だったが、
家に帰ってきたらたまに、目を開けて何かを感じているような気配を出すようになった。
しかしほぼ意識はない。
そんな中一度だけ、「わたし誰か解る?」と聞いたら、「解ってるよ。」という答え(声)が返ってきた時があった。
まさかの奇跡的な反応に、オカンは食べられなくなっても、ずっと生き続けるかもしれない、、何かがリセットされてまた元気になるかもしれない、新しい生命体に生まれ変わるのかもしれない、
なんて、そんな感覚に襲われた。
そしてその日が来るのが怖くて悲しくて、涙が溢れた。
「人は食べられなくなったらどうなるんだろう。」
山田 鷹夫さんの、"人は食べなくても生きられる"も読んだことがあるが、(とても面白かったし視野広がった)
私が思うに、もし不食で生きていけるとするなら、そこにはその人の意思を伴う事が必要条件ではないかと感じる。
オカンという1人の命に真正面から向き合い、私はそれを目の当たりにする。
人は産まれた時から死というゴールに向かって歩いてるようなもの。
他人事じゃない、誰にでも訪れる死。
ましてやこれから超高齢化社会になっていく。介護する側の問題も増えるでしょう。
誰もが向き合わなければならない家族や自分自身の死。
皆さんはもし選べるならどんな風な最後を過ごしたいですか?
食べられなくなったらどうしてほしいですか?
食べられるとかいう以前に違う形で死を迎えるかもしれないし、
家族や友人もいなかったり、抱える事情はそれぞれとは思うけど、
答えが出ていて伝えられる人がいるなら早めに意思表示しておかれる事をお勧めしたい。
伝えられなくなる時がすぐ来るかもしれないのですから。
そして今回特に考えさせられたのは点滴の在り方について。
できるだけ自然な形を望んでいた私にとって、この記事はとても勉強になった。
「第2回 人が自然に亡くなる過程」~「楽な最期」とは枯れるように逝くこと~
http://www.tampopo-clinic.com/zaitaku/mitori02.html
「第3回 最期は点滴をしない自然の看取りの選択肢」
http://www.tampopo-clinic.com/zaitaku/mitori.html
人は枯れるように死んでいくのが楽とのこと。
私たちはこの地球を構成している生命体の一部なんだと実感する。
こういった情報を知り、私も点滴を外したい気持ちを伝えたが、まだオカンの体は枯れようとする段階に入っていない、水分を処理できる状態だから無理して枯らすのは可哀相という事で、最低限の補給のみ、一番身体に負担のない皮下点滴を選んだ。
体の状態を観察しながら、その時が来たら外す事になっているが、元々反応がない事もありここに挙げられている兆候の数々は前から出ていたりで、どの症状を目安にするのかそのタイミングを計るのは難しいが、その日が遠くない事だけは解る。
「死ぬ直前」
http://eml2.exblog.jp/6911777
「死を看取るー死の兆候のまとめ」
http://www.geocities.jp/yccfh851/newpage22..html
私の経験が誰かの参考になったら嬉しいと思い、雑だけどあえて今日はこんな記事を書いてみた。
オカンの寝息が聞こえている間に。
衰弱していく母を前に、皆さんに今伝えたいこと。
みないつか最後が来ることを解ってるはずだから。
最後だとわかっているから、
好きなだけ頭を撫でで、
好きなだけキスをして、
好きなだけ抱きしめて、
好きなだけ愛を伝えています。
亡きチコちゃんの分も一緒に。
悲しいけど、とても悲しいけど、
あなたに思う存分寄り添える。
娘として最大の喜びです。
母として最大の喜びでありますように。
病院から頂いた冊子。自宅でケアできる体制が整っている病院だったことは本当にありがたかった。
ここには本当にお世話になった。まだ終わってないけどね。

「最後だとわかっていたなら」

2014年7月6日(日) オカンの心臓はまだしっかりと動いている。ダイヤも傍にいるよ。

「何も食べず、何も飲まない人々 - 人は不食で生きられるか」
http://x51.org/x/05/01/1506.php
【Pravda】食 - それは睡眠と共に、人間を含む多くの動物にとって生命活動の根幹を成す活動のひとつである。それは言わば人類不変の営みであり、それなくして生命活動を行うことは不可能だとさえ言えるだろう。しかし近年、世界中で決して少なくない人々が一切食事を取らず - そして水さえ飲まずに - 何の支障もなく生活しているという。そしてそうした人々は、自らのことをして「独立栄養生物」だというのである。独立栄養生物とは、例えば光合成を行う多くの植物のように、自分自身で栄養を生産し、それを自らの生命の糧とすることが出来るものを指す。しかし、本来生態系において最も強欲な消費者 - 「従属栄養生物」である人間に、本当にそんなことが可能なのだろうか。
ロシアの動物保護団体会長のイリナ・ノヴォジロヴァ氏はここ数年に渡り、不食を実行している人物である。彼女は不食について次のように語っている。「不食というコンセプト自体は、遠い昔から存在しています。例えばロシアの哲学者でエコロジストのベルナツキーは、かなり早い段階で人間の不食の可能性について考え、そして人間は本来宇宙から得られるエネルギーで生きる事が出来るものであると確信していました。実際、現在でも幾人かの人々は不食を実行し、何の問題もなく生活しています。」
独立栄養生物、従属栄養生物
「現在、地球に存在している生物は大別して二種類に分けることができます。それは独立栄養生物、そして従属栄養生物です。植物の多くは独立栄養生物ですが、それらは太陽や空気といった無機物から栄養を生産し、光合成というプロセスを経てエネルギーを得ることが出来ます。そしてもう一方、人間を含む動物の大半は従属栄養生物に属していますが、これは他の生物から栄養を摂取して生きているわけです。従って、現在不食を実行している人々は、人間というよりは植物に近い存在であるといえるわけです。
現在、モスクワには不食を実行している団体がありますが、彼らは定期的に集まってそれぞれの活動を報告しあっています。私は時々彼らと話をする機会があるんですが、例えばモスクワに住むある女性の話では、幼児が7歳になるまで母乳を与えた結果、8歳になるまでには何の苦もなく独立栄養人間となることが出来たそうです。その母親はもちろん、食べることも飲むこともしません。しかし、母乳はちゃんと出るんですね。
不食はまず、動物性のものを摂取することを止めて菜食主義者になることからはじまり、そして段階を経ながらやがては菜食すらも止めるという形で行われます。そしてそれと同時に飲むことも止めていくわけです。しかし不食を実行している人々が、それによって悪影響を受けることはありません。彼らはむしろ精力的で、明るい人間になります。しかしここで注意しておきたいのは、不食を実行しようとして、ある日突然全ての飲食を止めることは不可能であるということです。それは決して焦らず、一時的な飢餓状態を繰り返しながら時間をかけて行うべきです。さもなけらば、最悪の場合、飢餓や浪費によって死ぬことになるでしょう。」
断食、絶食、不食
近年、65年間に渡って水も食料も摂取せずに生活している男として世界中に紹介されたプララド・ジャニ氏は、最も有名な不食実践者の一人である。氏は6歳の時に水と食料を絶ち、現在に至るまで不食を実践し続けている。一昨年には科学者らによって調査が行われたが、そこで彼は不食が嘘でないことを証明し、科学者らの度肝を抜いた。調査でジャニ氏は数日間に渡って完全な監視体制が敷かれた部屋に入り、水や食料を摂取せず、更には排尿、排泄さえも行わずにそこで暮らしたという。そして数日を経て尚、ジャニ氏の身体は至って健康のままだったのである。また調査でジャニ氏の体内では尿が生成されていることが明らかになったが、それは排尿されず、膀胱に吸収されていることが明らかになったという。そしてジャニ氏は実験を終え、まず空気から水を得ていること、そして口蓋に孔があり、そこから流れ出すエネルギーを摂取していることなどを語っている。
(※写真・上はジャニ氏、下は「太陽を食べる男」として有名なヒラ・ラタン・マネク氏 。氏の断食はNASAの科学者にも調査されているという。)
そしてロシアで最も有名な不食実践者はクラスノダルに暮らすジナイダ・バラノワ(67)である。彼女の場合は、まず最初に肉をやめ、そして野菜を止めるといったように、非常に長い時間をかけて徐々に不食を実行し、現在では完全に不食状態に入ってから既に4年半が経過しているという。またバウマン研究所の科学者らが彼女を調査した結果、彼女の身体は年齢にして20歳程度の若さを保持していたことが明らかになっている。同研究所のスピリドノフ博士によれば、彼女の身体は至って健康であり、胃を除く全ての器官が正常に機能していることを確認したと話している。そして博士の結論どおり、彼女は現在、病気もなく至って健康であり、非常に快活であるという。
しかしまた、彼女は不食についてその厳しさを次のように語っている。「不食という新しいライフスタイルに慣れるまでは本当に苦しみました。痙攣や極度の疲労、喉の渇きに襲われ、時にはこのまま死ぬのではないかとさえ思いました。しかしそういう状態を1ヶ月半経て、ようやく健康状態が回復してきたんです。」
自給自足のシステム
このように、現在ではまだ数少ないが、何も食べず、何も飲まずに生きている人間は既に、実際に存在していることが確認
されているのである。あたかも人間の存在を根本から覆す彼らの身体には、一体いかなるシステムが機能しているのだろうか。一説には、こうした不食の実践が人間を根本から、新たな自給自足型の人間に作り変えるのではないかという推測も行われているが、その原因は未だ定かではない。
近年の栄養学によれば、人体に必須とされるB12ビタミンは動物性食物の中にのみ存在していることが確認されている。従って、菜食主義は人間にとって本来は不適切な状態であると言えるはずなのである。しかしまた最近行われた報告によれば、そうした事実にも関わらず、菜食主義を実践している人々の身体から十分なB12ビタミンが存在していることが発見されている。この結果は研究者らを悩ませたが、更なる研究の結果、それらのビタミンは腸内のマイクロフローラ(常在細菌群)の活動によって合成されていることが明らかになりつつあるという。また更に別の研究では、人間の腸は、アミノ酸を合成する微生物を作り出すことが可能であるという新たな事実も報告されている。
食 - それは人類にとって未来永劫不変の活動である。おそらく多くの人々はそれを疑いさえしないだろう。しかし、世界には既に、食事を絶ってなお快活に生きている人々が少なからず存在しているのである。
あなたが毎日口に運ぶそれは、果たして本当に必要なものなのだろうか?
【参考1】ベジタリアンの情報ページ:草食動物のしくみより
(前略)草食動物のような機能を持つ人達もいます。パプアニューギニア高地の人は、ほとんどイモ類(糖質)しか食べず、たん白質摂取量が非常に少ないにも関わらず、貧血など低栄養状態は認められず、筋骨逞しい体型を持っています。研究によると、彼らの腸には「アンモニア態窒素」を「アミノ酸」として取り込む嫌気性のらせん状細菌や連鎖状の細菌が住んでいて、これによってたん白質を得ているとのことです。このような「特殊な」腸内細菌を持つ人はパプアニューギニアに限らずいるようです。普通の人でも食生活を変えることでもある程度腸内環境が変化するようです。
【参考2】百人社通信 : 「三年食べない女」(遼寧晩報2003年6月9日)より
これは大連在住のある女性の身に、実際に起きた出来事だ。記者は昨日、公安部の協力を得てこの女性を取材する事ができた。理髪店経営の女性、冷雲さんは今年52歳。3年前のある日、多忙により朝食・昼食共に取り損ねた彼女は、午後三時にいつもの揚げパンを買ってきた。ところが食べ終わるなり気分を悪くして全てもどし、その後二日間何も口にしなかった。自分でも奇妙に感じたのは、その間空腹感を全く覚えなかった事。自ら病気を疑い、地元病院で検査を受けたが全て正常。更に大連市の大病院を幾つかまわり検査したが、やはり異常なし。摂食障害の可能性を考えた医師もいたが、こうした患者に見られる体への悪影響が、彼女には全く見られず、全機能正常。結局原因はわからず、冷雲さんは病院通いをやめてしまった。こうして彼女は、2000年5月から食事を取っておらず、毎日夕方に飲む一杯の水が、唯一の「食べ物」なのだという。当初は小便があったが、不思議な事にここ30ヶ月間は、大小便が一切ない。長いこと悩まされていた頭痛、リューマチ、胃病等も、不食になってから奇跡的に全てが好転した。頻繁に風邪を引いていたのが、今では病気知らずの精力旺盛。現在、理髪店で連日10時間以上働いているが、全くの疲れ知らずだ。唯一の良くない変化は、たいへん痩せてしまったこと。元々62キロあった体重が、2000年末には45キロにまで減少。しかし、それから2年以上、更なる減少はない。
【参考3】『東遊記』巻之五末より、「不食病」(奇談)より
この尼は十四五歳のころから少食であった。十六七歳で同じ村の家に嫁いだが、病身だという理由で離縁され、実家に戻って後、尼となってこの寺に住んだのである。尼になってから少食の度合が進み、一月に二三度、少し食べればいい、という状態になった。その後、数か月の間に一度、少し食べるだけになり、ここ数年はずっと食べていない。ただ、時々わずかの湯を飲むだけである。このように断食していながら、身体が特に弱るわけではない。(中略)庶民を惑わすいかがわしい尼ではないかと、その筋が疑って吟味したこともあったが、結局、病気のせいでそうなのだとわかって、おかまいなしとなった。
【参考4】ところでブリザリアンって何?より
ブリザリアン、英語でBRETHARIANと綴る。水を中心とした液体を摂取するだけで生活している人々のことである。(中略)かつてシュタイナーは薔薇十字団の修行について“人間の内部の中で酸素を炭素にする器官を形成する規則正しい呼吸を指導する。現在植物が行っていることを、将来、人間は自らの器官を通して行うようになるが、この器官を今から修行によって形成する”“将来、人体はより植物に似たものとなり、神聖な愛の鎗と出会う”と語った。食事をしない人々はインドにおいては他にも例があるようで、聞くところ、25,000人のブリザリアンが存在するらしい。
【参考5】不食実験の会 | 人は食べなくても生きられる
【参考6】絶食療法の解説 | 断眠の影響とその限界
【関連】 65年間、水も食料も摂らずに生きる男 | 太陽を食べる男 NASAが研究へ
~転載終了~
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