苦しみ続ける動物達の為に◆さっち~のブログ◆

動物達の真実から目を背けさせようと圧力をかけられアメブロを強制退会させられFC2に引っ越してきました。そうやって動物達の苦しみはなかった事にされ続けてきたのです。消しても隠せない位に動物達の叫びを共に伝えてほしい。広めてほしい。

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動物虐待犯を野放し=子供を見殺しにするのと同じだと思いませんか?警察のお粗末すぎる対応「動物の遺棄虐待は犯罪です!!!」期限迫る!9/15まで!動物たちの悲劇をなくしていくために【アニマルポリス設置を求める署名にご協力を】 杉本彩  

「高さ40mの橋、子ネコの捨て場?年30匹保護 北九州」
http://p.tl/o5bn
2013年08月20日10時19分 朝日新聞デジタル(↑リンク先には保護された猫の画像もあり)

 【阿部朋美】北九州市若松区と戸畑区を結ぶつり橋「若戸大橋」の上で6月、衰弱した子ネコが見つかり、橋を管理する市道路公社の職員が助け出した。公社によると、この数年、年間30匹ほどの子ネコが橋で保護されているという。海面から高さ約40メートルの歩行者が入れない道路の橋。誰が、何の目的で子ネコを置き去りにするのか。
特集:どうぶつ新聞
 6月22日。「橋にネコがいる」との連絡が、若戸大橋の料金所に橋の利用者から入った。パトロールしていた公社の車両が、倒れていた子ネコを発見。生後2カ月くらいのオスで、車にひかれたのか足が動かず、歩くこともままならなかった。
 病院で治療を受け、いまでは足を引きずりながらも元気にエサを食べるまでに快復。体重も増え、優しい顔つきに変わったという。
 公社によると、保護されるのは、ほとんどが生まれて間もない子ネコ。多い時には月に4匹のネコが見つかる。通行する車などからの連絡を受けて職員が橋へ向かうが、車にひかれて死んだり、重傷を負ったりするケースが多いという。
 橋は長さ627メートルの有料道路。歩行者は出入りできない。橋の非常駐車帯付近でネコが見つかることが多く、誰かが車を止めて置き去りにしている可能性がある。公社は「子ネコが橋に自力で入るのは困難。心ない人が捨てていったとしか考えられない」。
 同市門司区と山口県下関市を結ぶ関門橋を管理するNEXCO西日本は「関門橋では、猫が捨てられるなんて聞いたことがない」という。
 若戸大橋の通行量は1日約3万2千台。公社は「置き去りにされた子ネコや、捨てようとした車が原因で事故が起きたら大変」と、注意を呼びかけている。

****************************転載終了******************************

これが若戸大橋。これはどう考えても車を利用して猫をなるべく早く死なせたくて(殺したくて)遺棄したとしか思えない。
警察はこの一件をどのように捉えるのでしょうか?
hasi.jpg

杉本彩さんが、昨日動物虐待に対する警察のお粗末すぎる対応をブログで紹介されてましたが、
動物の遺棄は遺棄ではなかった事にされてしまうという信じられない警察の回答に、
改めて日本が動物虐待大国な理由をみました。
動物達の叫びが聞こえてくる彩さんの記事を転載します。

「動物たちの悲劇~アニマルポリスのない日本という国 / 日本初アニマルポリスを京都に!署名のお願い」
http://ameblo.jp/sugimoto-aya/entry-11597509504.html
2013-08-22 12:00:54

※一部に動物虐待に関するショッキングな表現があります

全国で動物虐待・殺傷事件が多発していることは
以前からお伝えしている通り、
すでにご存知の方もいらっしゃると思います。

動物虐待が近年益々、
凶悪化していることもブログで取り上げてきました。

私たちの耳に入ってくる動物虐待事件は氷山の一角なので、
動物たちの被害の真相を知らない方も
まだまだ多いと思います。

マスコミが取り上げない悪質な動物虐待事件が
日本の各地で多発しているのが現状です。

私の故郷である京都でも、残念なことに、
動物虐待・殺傷・遺棄事件が後を絶ちません。

以前の記事
「京都連続動物殺傷虐待事件/皆さんの力を貸してください!」
http://ameblo.jp/sugimoto-aya/entry-11549792146.html

どれだけ凶悪で猟奇的な犯罪であろうと
動物の命を軽視している日本という国では
捜査さえ行われないことがほとんどです。

動物虐待犯罪者は、動物で物足りなくなると
次に人間の子供たちへとエスカレートすることは、
過去の犯罪例から周知の事実です。

病んだ社会の犠牲者は、いつの時代も必ず弱者。

人間社会の弱者は、言葉を持たず、
命として守られていない動物たちです。

そして次に子供たち。

こんな事件が多発する社会は、モラルなき
まさに病んだ社会。

家族である動物たちでさえ
今の日本では“物”なのです。

動物たちが“命”として扱われない、
弱者に優しくない社会に、
本当の幸福などありません。

京都でも、2年間同じ場所に
20頭以上の犬が繰り返し捨てられています。

3ヶ月未満の子犬も多かったということです。

同一犯であることが予想されますが
行政がなんとかしたい、と所管の交番へ相談しても
警察の回答は耳を疑うお粗末なもの。

「住宅街では犬にえさをあげる人、保護してもらえる可能性が高いから、
遺棄ではないので犯人の捜査は行わない」

これが警察の回答です。

また、残暑のとある日、
公園にケージに入った状態で捨てられていた犬を行政が保護。

そのまま放置されていれば確実に死亡していたことから、
遺棄に該当するものとして、
犯人の捜査を依頼するため警察に相談したものの

「公園であれば、保護してもらえる人が現れた可能性が高いことから、遺棄に該当しない」
またまた、こんな信じられない回答しか得られなかったのです。

これは、完全に捨てる側の言い訳ですよね。

遺棄の定義が曖昧で
「動物遺棄は犯罪!」
と法律で定められていても

その法律を機能させるだけの虐待や遺棄の定義はスキだらけ。

条令もなければ制度もない…

これが日本の未熟な現状です。

こんな虐待事例もあります。
私の京都の知人が現在里親になっている
7才のマルチーズ犬の生い立ちは悲惨なものでした。

この子は2才の頃まで、近所のお宅で飼われていたそうで
家の事情で飼えなくなったから引き取り手を探しておられると聞き、
知人が引き取ることになり、そのお宅に行くと、

真夏なのに室内犬であるマルチーズが庭に放し飼いで、
ろくにご飯も与えられず、栄養失調寸前で耳にはダニがわき、
引き取るのに2万5千円要求されたそうです。

飼育放棄のネグレクト状態だったその子が
あまりに可哀想な有り様だったことからお金を払い、
知人によって、この子は命拾いしたのでした。

元の飼い主は、その後、そのやり口に味をしめたのか、
飼えないと言ってたにもかかわらず
ブリーダー気取りで数匹のトイプードルを飼いはじめ、
相変わらず夏冬とわず庭に放し飼い。

糞尿の処理もせず
親子兄弟で掛け合わせたり、
庭から脱走した犬は半分野良犬化し
車にひかれて死なせたり、
冬に生まれた子犬6匹は肺炎、凍死。

もちろん狂犬病予防注射もせず、
めちゃくちゃな状態らしく
行政が指導をしても強制力がないため
まったく聞く耳持たず改善されないままのようです。

知人も、こんな状況を許せないと憤りを感じています。

要するに、犬を繁殖させてお金儲けをしようということなんでしょう。

日本では、ブリーダーという仕事に免許制度がなく
審査や調査する機関もないものだから
知識や経験がなくても、登録すれば誰でもブリーダーです。

私たち動物愛護活動家は、
もちろんこの悪質な人間をブリーダーなどと呼ぶことはありません。

パピーミル(子犬生産工場)と呼ばれる
このような繁殖屋によって
日本のペット生体販売ビジネスは支えられています。

日本では、昔から当たり前のように
ペットショップに子犬や子猫が並びますが、

そのほとんどが、このような素人の繁殖屋が、
犬猫に無理な繁殖をさせ、
子供を生ませ

生まれた子犬たちを
競り市(マスコミや業界関係者以外は入れない非公開の競り市場)で売り
ペットショップは、ウソのような安価な値で、
その競り市から犬猫の子供を仕入れる…

繁殖業者は、薄利多売のこの商売で、利益を得るため
繁殖犬の健康や福祉にはまったく配慮せず
とにかく無理な繁殖でどんどん子犬を生ませる。

その生産・流通過程でも多くの命を死なせ
計り知れない犠牲を強いながら行っています。

おこづかい稼ぎの個人の小規模の繁殖屋もいれば、
企業が副業として、
母体の企業名を明かさず行っていたりもします。

一生を小さな檻の中で、
遊ぶこともなく
かわいがられることもなく、
繁殖だけを繰り返し強いられて
悲惨な最期を迎える繁殖犬や繁殖猫。

このビジネス形態そのものが虐待であることを、
消費者は知るべきだと思います。

大きなスーパーに入っている
表向き健全そうに見えるペットショップであっても
また、うちはちゃんとしたブリーダーから仕入れてる、
と言ってるペットショップであっても

ケースに入れて売られている
子犬子猫の生体展示販売のほとんどは
このダーティーな競り市から仕入れられた犬猫です。

動物を購入する、
そのこと自体が
悪質な業者の虐待への加担であることを
消費者はそろそろ自覚しなければならないと思うのです。


昨年の動物愛護法改正が、
思うようなものでなく中途半端だったのは、
こういうペット業界が応援している政治家からの
抵抗勢力があるからです。

それを考えると、
いかに大きな企業や組織がこのビジネスで儲けているか
ということがわかると思います。

私たち動物愛護家は、その抵抗勢力に対抗するため
もっともっと力を合わせなければなりません!

話しは少し逸れましたが、
とにかく一刻も早く
動物虐待犯罪を専門に扱う警察機関を
行政と連携して設置するべきだと
心底思います。

「日本初のアニマルポリスを京都に!」

この呼びかけに、是非ご賛同いただき
署名へのご協力よろしくお願い致します
m(__)m

京都でアニマルポリスのモデルを作り
全国の都道府県に広めていきましょう!!

私たち国民の声と行動が、
この国の動物たちの未来を変えるのです!

ひいては、
それが人の幸せにも繋がることを、忘れてはならないと思います!

ap.png

※パソコンでダウンロードできない方は
オフィスにご連絡いただけましたら
希望枚数の署名用紙を郵送致します。

パシャットmyペット でもサークルを立ち上げているので是非!」

***********************転載終了************************

署名締切りは9月15日まで!!!!!


「動物虐待 犬猫が高じれば人も」
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/renaissance/1/7/

 昨年末、坂出市内の住宅街。小学校や幼稚園から目と鼻の先に、それはあった。

 猫の頭部。

 別の場所で鋭利な刃物のようなもので切断され、頭部だけがグリーンベルトに放置されていた。児童が小学校に通報し、警察や近隣住民の知るところとなった。

 目を見開いた黒い猫の口からは、赤黒い舌の先が出ていた。「はっきり見たよ。ちょうどこのくらいの大きさだった」。近くに住む少年(11)は、手にしていた野球のボールを掲げてみせた。

 保護者や近隣住民の不安をあおるのに十分だった。「変質者による異常行為」と判断した小学校は、保護者に文書を配布するとともに、集団下校に切り替えた。

 胴体も犯人も見つかっていない。

 一九九七年、全国を震かんさせた神戸の連続児童殺傷事件。加害少年=当時(14)=は小学生のころから、繰り返し猫を解剖していた。「動物虐待が重大事件の前兆になるのでは」との声が高まるきっかけともなった。

 日本では動物虐待と凶悪犯罪の相関性を証明するデータはほとんどないが、米国では研究が進んでいる。

 米国の犯罪心理学者、アラン・フェルトゥース氏が精神的に問題のある受刑者に聞き取り調査したところ、三百四十三人のうち78%が動物虐待(虐殺)を行っていた。

 また元FBI心理分析官のロバート・レスラー氏は著書「快楽殺人の心理」(講談社)の中で、面接した快楽殺人者の46%が、少年期に動物への虐待を行っていたことを紹介。「初期の攻撃的な行動は、まず動物に向けられることが多い」と指摘している。

 ただし「すべての動物虐殺が殺人などにつながるわけではない」と解説を加えるのは、関西学院大の野田正彰教授(精神病理学)。「犬や猫などの大型動物の虐殺と、カエルや虫などの小動物では意味合いが違う」と強調する。

 幼い子供がカエルや虫に虐待を加えることはある。だが、それは動くものへの関心が行動化したにすぎない。「小動物の延長上に大型動物の虐待があるわけではない。幼児期にはなかったのに、少年期に現れることもある」。

 虐殺行為には何が潜むのか。「少なくとも悲鳴などを楽しむサディズム的な感情はあるようだ」と野田教授。心の中の攻撃性を発散させる面も持つが、「だんだん慣れて中毒になる面の方が大きい」と危険性を警告する。

 さらに「無駄な動物は殺してもいい」という考えは、「無駄な人間は殺してもいい」に発展しやすいという。

 動物虐待は少年期に多い―識者の共通した見方だ。瀬戸内短大の草間徳康教授(犯罪心理学)は「特に、幼時から抑圧的に育てられると、成長してから表に出てくることがある」と語る。「虫などを殺すのは、幼い子供にとって冒険心を満たす遊び。無理やりに抑え込まれるとやり残したようになり、行為を卒業できなくなる」。

 対応としては「暴力的にやめさせるのではなく、『虫さんだって痛いのよ』などと諭すのがよい」。さらに「残虐行為だと全否定せず、小学校でのカエルの解剖など冒険心を満たす教育も必要。これ以上はやってはいけないと教えるチャンスでもある」と主張する。

 一方、少年期の子供に対しては「大人が動物をかわいがる姿勢を子供に見せ、意識を子供に植え付けることが効果的」と話す。

 「虐待は前兆行動とされながら、実際は事件の後になって『そうだったのか』と気付く場合が多い」と草間教授。たかが動物と考えていると、取り返しがつかない。

*****************************転載終了******************************

動物は人間の支配下にあるという誤った固定観念を植え付ける。
積極的にカエルを殺すことが教育とは思えません。
それこそ「抵抗できない動物は殺してもいい」という考えは、「抵抗できない人間は殺してもいい」に発展すると思います。
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